星を研究する人

星や宇宙、占星術、タロット、哲学、心理学、潜在意識や引き寄せ、悟りといった、学問的なものからスピリチュアルなものまで、興味あることを自分なりに理解しまとめるためのブログ

スピ系の矛盾と悩みの正体

月は変わりましたが、連続で性懲りもなく、わかりづらい系記事が続きます。笑


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これら↑記事の続きです。

この間に色々思うことや書きたいことあったのですが、とりあえず、この2つの記事と今回の記事は元々は1つの記事で書いてたので、一応最後まで書きます。

引き寄せやスピ系本によくある矛盾と疑問

ここまで、悟りだとか、引き寄せだとか、なんだか雲をつかむような話を、自分なりに理解しようとたくさんまとめてきましたが、
こういうお話には、昔から「矛盾」と思われることが多々ありました。

細かく言えば色々あるんですが、


例えば、

前回の二元論のような

「全てはある」
「全てはない」

とか

「修行しろ」と言ったと思えば、「そのままでいいんだよ」と言ったりとか……



どっちだよ??

とか思ってました。


前回にもありますが、結局、スピ系が「胡散臭い」ってなるのは、自我による納得できないから、「胡散臭い」「怪しい」ってなるんですよね。




で、この矛盾が発生する仕組みなんですが、

「言葉」というものは物事のある側面を切り取るものなので、

1つの同じものを別の人が言葉で説明するとき、

捉え方や理解の仕方が人それぞれ違うので、当然説明の仕方がそれぞれ違くなる。

聞いてる方も、その言葉から、それぞれ推測し、理解するので、そこに差異が生じる。



例えば、この図、〇と■で一見同じものには思えませんが、

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立体的に見た場合、正面から見たのと、上から見た違いだっただけで、元は同じものを示しており、

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ただの「捉え方の違い」だった、ということになります。




上の例えで言うと、

修行しろ、というのは、
自我を少なくする、というような意味の話、

対して

そのままでよい、というのは、
自我でおおわれていたものを取り払った姿の話

といったような感じで、両方は結局は同じことを指しており、意味は同じです。


この説明する対象が、もっと明確にわかりやすければいいけれど、そうでもない上に、「言葉」によって切り取って説明してるので、誤解や矛盾が生じてるんじゃないかという説です。


なので、スピ系で「矛盾」を感じたら、チャンス!と思って、その意味を別角度から捉えなおしてみる、という試みはいいかもしれません。


私は頭がカッチカチなので、いつも物事を一側面しか見れなかったんですが・・・まぁ前よりは少しマシになったような気がします。。笑






悩みはなくなる?


ここで、最近読んだ「ノンデュアリティ」系の本の中の文章を一部引用したいと思いますが、



なぜ波をコントロールできないのか?なぜ望ましくない波が現れるのか?
それは、この二元性の世界においては、相反するものは必ず一緒に出現することになっているからだ。
この事実を理解することも、とても重要だ。
私たちが体験することは、完全に均衡が取れている。
美しさがあれば、必ず醜さがある。成功があれば、必ず失敗がある。悟りを得ることがあれば、悟っていないことが必ず存在する。愛されることがあれば、愛されないことが必ず存在する。
世の中とはそういうものであり、それが問題にはならない。
人がそのあるがままに闘いを挑み、人生の均衡に歯向かって初めて問題となるのだ。

引用:JEFF FOSTER/「THE DEEPEST ACCEPTANCE」 P123


全ては世界の均衡を保つために、そのように二元性として表れているのであって、本来は一緒(同じ)のものだった。



ここでも、前回までの話に繋がります。




これは前々回の最初の方に書いた記事でも書いてますが、

「本来は分離してなく、元々はすべて1つ」

なのに、じゃあ、なんで物事は分かれているの?の解でもあります。


それは

ある状態を知るためには、それと相反する状態を知らなければ、それに気が付けないからです。

「ある」がわかるには「ない」を知らないと「ある」ということを認識ができない。



例えば、ずーーっと暗闇な状態しか知らなかったら、それはそれが「暗闇」だとはわかりません。

「光」を知っているから、初めて、これが「闇」なんだとわかる。


プラスがなければ、マイナスがないように、不幸を知らなければ、幸せもわからない。

嬉しさや楽しみを知るためには、悲しみや辛さといったものが必要なんですね。。


つまり、どっちも必要不可欠ということのようです。




なので、物事には常に二面性が潜んでいる。

だから、不安も恐怖などといったネガティブな要素は、その反対にあるポジティブな要素に気が付けるものなので、「要らないもの」ではないです。





私は長らく、このことがわかっていなくて、自分の中に同居する相反する思考と感情を認めることができなくて、そのことに自分自身ずっと苦しめられていた時期がありました。

でも、

マイナスな感情も、プラスな感情も、もともとは1つなんだとわかると

2つを両方とも否定しなくなり、それだけでも、かなり楽になりました。


2つを別々のものなんだと、自分で分離して、矛盾して、そうして自分で勝手に分離したものに、自分で勝手に苦しんでいただけだったんだとわかると滑稽で笑えます。


「悲恋ストーリー」ものや「悲劇のヒロイン」ものが大好きな人が、自分がそのように思ってなくても、無意識のうちにそのようなものを引き寄せて、勝手に嘆いているのと似てます。


私はまさにそれでした。笑



しかし、これが「自我(エゴ)」特有な作用だと知ると、

じゃぁ、人の悩みって、今まで生きてきたなかでの「常識」や「観念」といったもの、つまり自我が勝手に生み出してるだけなのか。

それに対して、「思考」つまり自我が「あーでもない」「こーでもない」と勝手にわめき騒いでいる。

そしてそれに付随して「感情」というものが勝手に反応する。


そういう解釈なんですよね、悟りのお話って。


もしそうなんだとしたら、

こんな壮大な自作自演ないですよ。。


だからブッタは全ては「空」だと悟ったら(悩みは自我が生み出した虚構だと知ったら)悩みなくなったと言っていたのか。。となりますね。笑







全ては「あるがまま」でよい


悟りをはじめとしたこういう教えは全て、分離したありとあらゆる複雑なものを1つに、つまり、「ゼロ」に戻すような導きが多いです。


全ては「あるがまま」でいいというのも、

本当によく言われていることですが、「あるがまま」というのは、これらの流れを踏まえると、プラスでもマイナスでもない、ただ、「ゼロ」であるという意味の1つなのかな、と。



↑ロシアの元量子物理学者のヴァジム・ゼランドの著書でも、「過剰ポテンシャル」という用語がありましたが、願望に過剰にバイアスがかかると、宇宙が均衡を保つために元に戻そうとするという働きだったと思いますが、まさにこれと同じこと言ってますよね。


「あるがまま」とは、自分と世界に境界がない、宇宙と繋がっている状態。

その状態は今まで散々説明に出てきた

「空」であったり

はたまた、ここでいう「ゼロ」であったり

自我による埃を払うと気付くこと、のことを言っているような気がします。

生まれたとき(赤ちゃんのとき)は誰しもみんな「あるがまま」の状態で。

本来はあるがままなのに、それを「あるがまま」にしていないのは、何か。

ここまで来ると、さすがにもう書く必要ないと思いますが。。



んんんー

でも自我自体が人間に生まれついて備わった機能なのでね。。。笑



そうすると当然疑問が出てきます。



じゃぁ、そもそも、

そんな「あるがまま」ではなく、「分離」や「苦悩」を自ら生み出す

「自我」って一体全体何のために生まれたのよ?


って話になりますよね。。

というわけで、そろそろ「自我」について自分が理解したことを、改めてちゃんと記事にまとめたい今日この頃です。笑



と、いうことで


またしてもまとまってないのに無駄に長くなってしまった。。笑

というか、今回の記事だけでも長いのに、前回までの3記事を1つの記事にしようとしてたのか自分。。笑


ますます「自我」を持つ「人」そして「意識」、しいては、それと分離できない「世界」「宇宙」そのものに、改めて興味津々になるのでした。笑

悟りと引き寄せの法則との関連性

抽象的な話の記事が続きますが、一応前回途中まで書いてた記事なので性懲りもなく続けます。笑

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↑前回記事の最後の方に書いた話の続きです。

「悟り」と「引き寄せの法則」との関連、違いはあるのか。


ところで、悟り悟りゆうけど、引き寄せの法則(LOA)*1とはなんか違うの?


というところを少し。

今回はあくまで前回までの話と法則の関係を中心に書いてます。


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で、この辺の話は実は↑以前書いた記事とわりと重複しますが。笑


結論から先に言うと、私の見解では、根本的に違いはないです。
引き寄せの法則」(LOA)は宇宙に働く原理・真理法則をわかりやすく伝えたものであり、ただのアプローチの違いだと思われます。


前回記事で取り扱った非二元(悟り)系の本を読んだあとに、ひと昔前の「引き寄せの法則」(LOA)をアプローチとしてガンガン使っていくぜ!系の似たような本たちを、ちょっとこの前久々に読んでみましたが、やはり、最終的に言っていることは同じでも、なんていうか、表現の違いというか、プロセスの違いというか、言ってることは同じでも、表現の違いでこんなに本の内容全体の毛色が違うんだなぁと実感しました。


アプローチ・方法論の違いといえど、LOA関連の類は、私たちの顕在意識、はたまた思考、自我というものの視点からでも理解できるようにしてるので、

悟りの話よりだいぶわかりやすい。


だから、世に広まったんですね。笑


引き寄せの法則のプラス面とマイナス面

そもそも引き寄せの法則って?


プラスマイナス面を論じる前に、

まず、そもそも「引き寄せの法則」についてですが、要は同じ波動のものが自分に引き寄せられるっていうあれですね。笑

この辺に興味ある方は今更説明もいらないと思いますが、一応前回の記事の話の流れから簡単に説明すると、


(またしつこくこのわかりづらい図を持ってきてしまって申し訳ないんですが;)

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前回の記事でも使った、この図の右の黄色いところのようなもの、

禅でいうところの「空」と呼ばれる、何もないけど全てある空間量子力学的に言うと、全ての万物を作り出している素粒子というか波動(量子波)のこと、
この1つの同じものによって、あらゆるものが創られている。
元はひとつの源(ソース)から創られている。

というのが、前回の「全ては1つ」的な話でしたが、


この量子波というのは、観測者(人間)の意志により、影響を与えることができるということ。
この影響を与える方法にはコツがあり、それがいわゆる「引き寄せの法則」と呼ばれていることなのです。

この一見スピリチュアルちっくな話は、実は科学的に実証されていて、ここではその量子力学の話については割愛しますが、以下のサイトさんあたりが、丁寧に説明してくれているのでオススメ。

哲学的な何か、あと科学とか
↑これを読んだあとに以下の動画をみるとわかりやすい。

またはこちらでも同じ動画が紹介・解説されている
引き寄せ科学おさらい ド・ブロイおじさんさんの動画 | 黄金の金玉を知らないか?

引き寄せの法則(LOA)を理論的に納得したい人は面白いかも。


とまぁ、話を戻しまして、

そういうわけで、このを知り、影響を与えることで、現実を創造することができる、というのが、昨今の「引き寄せの法則」として知られているわけであります。



引き寄せの法則の落とし穴


ただ、引き寄せ実践系の本のなかには、「ポジティブはOK」でも「ネガティブはNG」とはっきり書かれていることも多いです。

とにかく法則を使ってもらうのを重きに置いていたりするため、具体例もあり、とてもわかりやすく、シンプルなので、これはこれで悪くないですが、

「良い気分でいる」「ポジティブシンキング」というのは間違いではないのですが、それを誤用してしまうと

「あぁ!ネガティブなことを考えてしまった。」
「悪いことが起こるのか」
「悲観主義の私はやっぱダメなのね」

などという誤解やバイアスも生まれたりして、この辺が本来の「引き寄せの法則」から離れてしまったり、法則自体を「胡散臭い」とか「嫌い」「苦手」という人の原因にもなったりするのかなぁと。。。


ポジティブ!ポジティブに行きましょう!

つったって、「それが出来たら苦労しないんじゃい!!」

という感じになると思う。


私もそうなので。


だから、それは多分法則のある側面しかから説明してないからなんじゃないかと、思うわけです。


多分、真理というやつは、ネガティブやポジティブといった、対極するものも全て含んだところにあると思われるので、いくらわかりやすく法則を説明した本であっても、最後にその部分まで言及していない本や人の話は少々怪しいと思います。笑


それともう1つ。


引き寄せの法則は、「未来を良くしたい!」という未来志向になることによって、「いま」を置き去りにされがちだということです。

「いまよりもっとよい未来」というのは、「いま」ではなく「未来」につなげてしまうため、本質を見失いやすいという盲点があります。

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引き寄せの本を読んだことがある方は「なりたい未来を想像して、いま、その気分に浸る」というようなことが書かれているのをみたことあるかもしれませんが、

ここで大事なのは「未来」ではなく、「いま」ということを言っていますし、

そもそも、「未来」というものはなく、いつでもあるのは「いま」「ここ」だけなので、この辺の話も、悟りの話とやはり通じるところがあります。


ただ、こういうことを含めて書いてない本は結構あるような気がします。。
LOA関連本は潜在意識の研究のために、結構読み漁ったと思いますが、全ての本を読んでるわけではないので一概に言えないですが。


「悟り」と「引き寄せの法則


LOA関連本は基本的に、そのような「気分」「感情」に重きを(主軸に)置いて、万人にもわかりやすく法則を使ってもらおうとしていますが、

わかりやすいが故に落とし穴もあったりして、一度は法則を適用して「ほんとだ!」となっても、自我の妨害にあったりして、なかなか適用ができなかったりしますが、

このように法則の本質をひも解いていくと、悟りの話と結局は同じことです。


法則は、あくまで「法則」であって、「方法」ではなく、

法則の根源的な理解とは、禅でいうところの「空」を知るとこによるものとほぼ同義だと思います。




逆に「ノンデュアリティ(非二元)」や「悟り/覚醒」系の本は、なんていうか、LOAのメソッド系が導きたかったものへのダイレクトな教えというか、ポジティブもネガティブも超越してしまっているというか、それらを含めた全体にあるものについて言及しているので、かなり根源的な感じです。

「あぁ!ネガティブなことを考えてしまった。」などのような頭で考える部分を完全に越えてます。。

だって、そう悩んでる「自分」は本来いないというのが思想の根元としてあるので。。(前回記事参照

しかし、こちらは、そういうわけで、シンプルである分、自我目線ではやはり非常にわかりにくくもあるんですが、一度わかれば、メソッド等はいらないと思います。


だけど、「悟り」や「目覚め」などは、そのように一度わかれば直結型ですが、攻略にコツがいります。。
例えば、普通は1面2面と順にクリアして、エンディングへ行くゲームを、急にそのゲームのプログラムそのものに気づいてしまって、そのチートコードで1面で既にエンディングみたいな。(例え余計わかりづらい笑)

なかなかそうプログラムに気づける人も多くないので、だから誰もが実践しやすい方の、メソッドなどの、着々と段階を踏むようなわかりやすいものがたくさんあるんだと思います。。。


そういう意味で、誰もが出来るというとっつき易さでいったら、

引き寄せのメソッド系は良いかもしれないですね。落とし穴もありますが。




ただ、一方通行だけではなく、このように両側からの理解もあった方が、より良いのではないか、という個人的見解なのでした。



無駄に長くなってますが次回、最後に書ききれてなかった部分書きます。笑

*1:Law of Attraction(引き寄せの法則)の略

禅とか悟りとか引き寄せとかに共通するもの

定期的にやってくる、「潜在意識」や「悟り」関連記事です。笑

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話の内容的には、↑以前の記事とそう大差ないですが。笑
本日は今までの記事で、ちょこちょこ出てくる「悟り」について、悟り悟り言ってるけど、結局「悟ること」って一体何なのよ。「ノンデュアリティ(非二元)」て何それおいしいの?などについて、自分の研究の整理として記事にしていたら恐ろしく長くなってしまったので、元は1つの記事で書いてたんですが3回に分けました。笑

通常だとリフレッシュがてら占い記事とか挟みつつ書いてるのですが、なので今回ちょっと3連続でこういう話題ばっかですがあしからず。。笑

いつもにまして、かなり精神的なお話なので、わかりにくいかもですが…


共通する基本思想

ノンデュアリティ(非二元)とは?

その前に、このブログで初めて取り扱う言葉「ノンデュアリティ(非二元)」について、何ぞ。
ということから触れます。

簡単に言うと、ノンデュアリティとは、読んで字のごとく、

Non dual(2つ)=非二元=すべてのものは二つと分けられない=すべては1つである。

ということです。


ノンデュアリティ(非二元)という言葉は、普及したのは比較的新しいようですが、調べてみると、元はヒンドゥー教の教え(学派)の不二一元論(アドヴァイタヴァーダ)からきているようです。古典の教えを現代にも広くわかりやすくした呼び名というか言葉というか。諸説あると思うので、違ったらすみません。

不二一元論とは、ウパニシャッド哲学の梵我一如思想の徹底したもの。

不二一元論の詳しい説明はここでは省くとして、「ノンデュアリティ」も普段は聞きなれない言葉かもですが、こういう精神的な話の界隈の分野を研究しだしてから近年ではよく見かけるようになりました。
つい前まで「ワンネス」という言葉があったかと思いますが、ほぼ同義だ言われています。


まぁ大事なのは言葉ではなく、この前の記事でまとめた「悟り」と、根元的にはどうやら同じことを言っており、「悟り」も「覚醒」も「目覚め」も「ノンデュアリティ(非二元)」も「ワンネス」も、ただ言葉の違いなだけですよ。ということで。


すべては分離してない

まず基本的なところですが、


この世にみえる様々な相対するもの


自分―他人

内側―外側

主観―客観

男―女

昼―夜

善―悪

陰―陽

プラス―マイナス

ポジティブ(楽観)―ネガティブ(悲観)



などなど。。

たくさんありますが、これらは一見相対して存在しているよう(二元論)にみえますが、本来は分離してなく、元々はすべて1つということが、全ての思想の根本的な部分にあります。


二元論については以前ここでもちょろっと書きましたが、

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この世界は、目で見える形でいうと二元論で説明できるものが多いです。

もともとは1つなのに、なんで物事は分かれているようにみえるのか、という話ですが、そこのところは書いてたら長くなってしまったのでまた次回に。。


ちなみに、これらは、禅でも同じような思想があります。



禅の思想(般若心経)

仏教では、全ては何もない「」であると、ブッタが悟り、それを理解することが悟りとされますが、

その思想を説いた般若心経には

「空即是色(くうそくぜしき) 色即是空(しきそくぜくう)」

というお経の一節があります。

昔はこの文の意味がわからず、ただ字面カッコいいなぁとしか思ってなかったのですが笑


ここでも、この「空」「色(万物)」は同じものだよと言っています。



全てあるけど、全てない。全てないけど、全てある。



例えば、最初の例でいうと


ネガティブもポジティブもあるけど、

ネガティブもポジティブもない。

みたいな。



これだけ書くと、「は?どーゆーことやねん?!」って感じになるかもなんですが;

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そうして、やはりここでも出てくるのはお馴染みの「自我(エゴ)」ちゃんですが笑、もう少しお付き合いください。


自己意識(自我)は実は存在しない


今回は、思いっきり「悟り」や「ノンデュアリティ(非二元)」視点での話なので、さらにここから非常に抽象的でわかりにくい話になってきますが。。



LOA*1も悟りも、詰まるところは同じなんですが、

悟りの話では、自分が「自分」だと思っているものは、「自分」ではないと言います。


自分が「自分」だと思っている「自分」とは一体何でしょうか。


私は〇〇

〇〇に入るものは、「ステータス」だったり「役割」「肩書」だったり

自分を自分たらしめるもの。




ここでそのように言われる「自分」はおそらく、自己意識(自我)のことを言っており、

前にも書きましたが、悟りとは簡単に言うと、この自己意識(自我)に気付き、それを落とす、または薄く(小さく)することにあります。


なので、悟りのお話で、


「私はいない。」



とよく言われるのは、

本来「私」だと思っている私はいないということなのです。

ここでいう「私」とは自我からみた私のことなのです。



自我からしてみたら、一体何のこっちゃって感じですよね。

え?私はいない?は?どういうこと?

となりますが、とりあえず話を進めます。


過去のイメージや、現れては消えてく思考、感情、感覚や、それらの判断による「自分」は、本来の自分ではない。

じゃぁ「本来の自分」とは何なのか、という話ですが、

それは、前の記事ので使った図↓のこの右側の空間…みたいな感じが近いかもです。

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この図の右の空間は、さきほど書いた、
禅でいう「空」や、
量子力学でいう、「量子波(クォンタム・ウェーブ)」
前回のタロット&オラクルカードの記事で書いたアカシックレコード
というものも、同じものと言われてたりします。
この辺は目に見えない範囲で、検証が難しいので、結局は、自分の感覚や「経験」等でわかるしかないと思われます。

私もつい先日「おや?」という体験をしたのですが、一瞬でもとに戻りました。笑(このことについては記事にできたらと思いましたが、一瞬すぎて記事にならなかった…笑)


「ノンデュアリティ(非二元)」では「観照意識」とも言われますが、これらの話の中では、これが、本当の「私」ということになります。

引き寄せ(LOA)では「源(ソース)」などと言われてますね。宗教とかだと「神様」とも。人によってそれぞれこれらの言い方は異なりますけど、ほとんど同義だと思います。

自我目線だとかなりぶっとんだ話ですが、記事の冒頭から書いてる、これらの共通思想「全ては1つ」=(あなたもわたしもいない)という話の流れはこういうことからきてます。



つまり、この図の右の部分、「全体性」から分離するものが、自己意識「自我」なのです。


自己意識(自我)を薄くしたり、小さくしたり、完全にそのようになると、今まであったのに気付かなかったこれらに気付く。「本当の自分」に気付くというわけです。
以前の記事にも書きましたが、「悟り」とは、そのような場所へたどり着くものでもなく、まさにただ「気づく」ことなので、なかなか言葉による説明は理解が難しいです。。



このあたりの話を、もしもっと深く知りたい!場合は、気づきを「経験」されたような、覚者やグルと呼ばれる方の話や本を読んだ方がいいと思うので、ここでは割愛。

とりあえず今回は、自分の整理をすることにあるので。笑





理解を深めるには


要するに、最初から言っているとおり、「あなた」も「わたし」もいなく、内側も外側もない。結局は「全ては1つ」なんだということなんですけど、

そんなふうに感じられないのは、このもって生まれた「自我」によるもののようです。

元々は1つだったのに、1つに感じられなくなってしまった。

主体と客体、「わたし」「あなた」という分離の意識も自我による特性のひとつですので、

誕生した赤ちゃんから大人になるまでの間に「自我」=「思考」はすくすくと育ち、本来繋がっているものが見えなくなってしまった。

なので、「自我」=「思考」にはなかなか理解できないのも仕方がないようです。

「すべては1つ」を頭だけで理解しようとしたり、これらの話(「悟り」や「覚醒」「目覚め」「非二元」)を自我の目線で理解しようとすると、自我はパニくり、考えても自我には到底わかるはずもなく。。。笑


まぁでも、過去の偉人や覚者と呼ばれるような人のお話を聞いただけで、または悟りや覚醒系の本を読んだだけで、すぐ腑に落ちてしまう人もいますが……(羨ましい…)


自我(思考)は理解したがりだから、「悟ろう」とすること自体がもう自我によるものであり、みようとすればみえないので、自分の右手を右手で触れられないようなもどかしさがありますが、

なので、理解というか、そういうものがあるんだ、と気づくだけで良いそうです。



まるでルビンの壺のようですね。


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「ルビンの壺」とは、デンマークの心理学者エドガー・ルビンが1915年に考案した図地反転図形のことです。

これは、認知心理学の「図と地の分化(分離)」をわかりやすく示した図で、

要するに、壺が「図」として認識されるとその形が知覚され、その他の部分は「地」、背景としか知覚されず、2人の顔が「図」として認識されるときは、その他の部分は「地」になり背景としてしか知覚されないという、図と地の分化によって初めて形を知覚するということですが、

この壺を見ようとすると顔が消え、顔をみようとすると壺が消える現象は、まさに、この一連の悟りの話のことみたいで面白いです。



また、この手の話がどうもよく理解ができなくても、「引き寄せの法則」関連の本などから徐々に真理を伝えていくわかりやすそうなものを、少しずつ理解しながらみていくというのものも、最終的には原理は同じなので、そういうアプローチ方法もありだと思います。

引き寄せの法則」本は誤解も多いので注意もあるのですが。

その辺(悟りと引き寄せの関連)についてもちょっと書ていたのですが、長くなりましたので次回に分けました。笑


続き↓
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しかし、悟り系の本は、「悩み」とは一体なんだったのかわからなくなりますね。。
「悩み」の根本がどこかに消えるというか。
「悟り」観点からみると、そもそも「悩み」というのは幻という捉え方をするので当たり前といっちゃ当たり前ですが。


私は文才もなく全然言葉でうまく説明できませんが、この一連の話はつまり「引き寄せの法則」の根本的な話みたいなものなので、これがわかると、LOAの似たような本たちはもう読まなくてよくなると思うのです。

*1:Law of Attraction(引き寄せの法則)の略

オリジナルの〇〇占い(動物占い・守護色占いなど)の元ネタについて

今回はちまたにある「〇〇占い」についての秘密について書きたいと思います。


本や雑誌、テレビなどでみる「〇〇占い」というものは実に手軽で、一般的に親しみやすいため人気ありますが、「12星座」占い同様、その元となる占術(西洋占星術)のほんの一部だけを使った実に簡素化した占いなので、精度は低いことは否めません。
しかし、複雑な占いの一部を切り取ることにより、占いをエンターテイメントとして楽しめるという部分はあります。

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ちなみに以前の↑記事でも触れてますが、「12星座占い」は西洋占星術で使う10個の星のなかの1つ、「太陽」しか見てない占いです。10天体中1つなので精度は1/10という感じです。
それでもある程度当たるのは抽出した星が「太陽」だからです。月だけ抽出した「月(ルナ)占い」というのもあり、金星だけなら「金星(ヴィーナス)占い」となります。

また、以前「動物占い」というのも、少しポピュラーになりましたが、その占いも元はといえば、四柱推命の日柱の十二運のことです。


十二運は人の一生に喩えられ(胎→養→長→沐浴→冠帯→健禄→帝旺→衰→病→死→墓→絶)、四柱推命での説明はここでは省きますが、その日柱にある十二運で12種類の動物に例えられているのが動物占いです。
対応は以下のとおり。


胎(たい)⇔オオカミ

養(よう)⇔子鹿

長生(ちょうせい)⇔猿

沐浴(もくよく)⇔チーター

冠帯(かんたい)⇔黒ヒョウ

建禄(けんろく)⇔ライオン

帝旺(ていおう)⇔虎

衰(すい)⇔タヌキ

病(びょう)⇔コアラ

死(し)⇔像

墓(ぼ)⇔羊

絶(ぜつ)⇔ペガサス


四柱推命とは、中国で宋代に大成されたといわれている、生まれた年・月・日・時を四つの柱としてその人の運命を占う命術です。

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↑の記事でも四柱推命についてちょっと触れてますが、四柱推命は的中率が高いですが、その分複雑で難解なため、使える人が限られたりします。なので、その四柱推命のほんの一部を使って、もっとポピュラーにわかりやすくしたのが、世に親しまれる「〇〇占い」となることが多いです。


60種類のより詳細バージョンの動物占いもあるようですが、それも同様に、四柱推命の日柱の干支(60干支)の組み合わせを使った占いのようですし、「〇〇占い」+「12種類」となったら「四柱推命」がベースとなっているものが多いです。

でも、自分が占術を本格的に勉強するまでは、そんなベースがあることなど全然知りませんでした。




私は、小さい頃から占い好きだったので、本棚に「〇〇占い」という本は昔からあって、その中でも「当たる!」と気に入ってた本がありました。

これです。




守護色相性占い

2000年10月に発行してるのでだいぶ古いですね。
動物占いに比べたらかなりマイナーですが;当時は楽しんでいました。

生年月日から、12種類の守護色を割り出し、相性を見るという、いたってよくあるものです。


発端は、姉が「この本は結構当たった感じがしたけど、歴が2000年までしかないから、自分の子供の守護色はわかんないねー」と言っていたのを聞き、
本格的に占術を勉強している今だからこそ、この占いは何をベースにしているんだろう?と疑問に思いました。

占い師のなかには、様々な占術を組み合わせて、独自の占いをしてる方もいますが、これもそのうちの1つなのかなぁと思っていました。
研究して独自で編み出した占いなら多分わかんないなー、と思っていたんですが、

昔、守護色占いでカラーを調べたことのある2人の友人の四柱推命の命式を見てたとき、ふと、日柱が同じ干支だということに気づき、


あれ?そういえば、この2人、守護色占いでも同じカラーじゃなかったっけ?

となり、

これってまさか、日柱の十二支でカラーが決まってるんじゃないか?

と気づきました。


つまり、この守護色占いも、四柱推命の一部を切り取った占いだったのです。

対応図はこんな感じ。姉に伝えるために記録しておく。笑


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今はネットで簡単に四柱推命の命式が出せますので、そこの日柱の十二支を見れば、最近生まれた子供でも自分の守護色、十二運を見れば動物などが何か簡単にわかりますね★笑


調べてみると、この守護色相性占いは、四柱推命ベースなので、命式の日柱にある十二支の相性で良し悪しが決まってるみたいです。(守護色のカラーと十二支が内蔵している五行(蔵干と呼ぶ)のカラーイメージはあまり関係なさそうです。
四柱推命の用語でいうと、「支合」*1「三合」*2と呼ばれる相性が特に良しとされ、「沖」「害」「刑」とされる相性はあまり良くないとされてます。
動物占いの十二運も同様です。



そういえば、細〇数子さんも、〇ッターズ飯田さんも色々な占いを研究し、独自にアレンジされたオリジナルな占いを出されていますが、よくよく見ると四柱推命がかなりベースにある感じだし、やはり四柱推命は占術の王様と言われるだけありますね・・・


実際の元の占いとなる四柱推命、他に西洋占星術紫微斗数などは、生まれた時間も見るので、それに比べると一部を抽出した大雑把な分類では当たらない部分もありますが、逆に言うと、元の占いの一部分を抽出しただけでも、ある程度当たる部分があるというのは、元の占いの精度が高いことが伺えます。






血液型占いが流行るのは、日本と韓国だけと言いますし(海外の方は、ほとんど自分の血液型を知らず、気にしていないらしい)、日本人は〇〇占いとかがわりと好きだというのを聞いたことがありますが、確かにそういうところあるかもと思います。(一時期出てきた「13星座占い」というのも、元は海外でシャレ的に言われたものを日本のメディアが鵜呑みにしたもので、取り扱ったのは日本だけと言われてます)笑


四柱推命は本当に奥が深くて面白い占術ですが、その難解さからなかなか誰しも使える術ではないので、このようにエンターテイメントとして切り取った占いで気軽に楽しむ(四柱推命の一部に触れる)のもありなのかもですね。

自分のように凝り性みたいな奴は、それだけでは飽き足らず、マニアックに勉強してしまうんですが。笑

*1:「支合」とは、「子-丑」「寅ー亥」「卯ー戌」「辰-酉」「巳-申」「午-未」の6種類あり、いずれも同質同士の結びつき

*2:「三合」とは、「申-子-辰」「巳-酉-丑」「寅-午-戌」「亥-卯-未」の4種類あり、これは互いに「異質」の性格でありながらとても調和し力を与え合い、結びつくことで発展性が生まれる組み合わせ。この3つのうち、2つの支の組み合わせを「半会」と呼ぶ。

オラクルカードとタロットカードの違いについて

悟り&潜在意識系の記事を書いてたのだけど、まとまらないので、気分を変えてちょっと違う記事を。

最近、以前より欲しかったオラクルカードを手にしまして。


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前に海外系のオラクルカード初めて買ったよ記事を書きましたが、そこで買ったコレット・バロン‐リードさんのウィズダムオラクルカードが結構良くて、コレットさんのオラクルカードに注目し始めた私。。笑


写真右の伝説の王国オラクルカードは、コレットさんの第1作目のオラクルカードで、左のグットタロットオラクルカードは、今年の春に出たばかりの最新作らしく、欲しかったのは伝説の王国の方だったんだが、今回もなんとなく一緒に買ってしまった。

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しかし、この「グットタロットオラクルカード

その名のとおり、タロットとオラクルカードのハイブリッド仕様のため、通常のタロットとは少し毛色が違う。

タロットと基本構成は同じくも(大アルカナ22枚、小アルカナ50枚=計78枚)一部名称がアレンジされてます。
公式にも説明ありますが、伝統的なタロットの解釈はベースにありつつも、どちらかというとオラクルカードの意味合いが強いです。
ちなみに「グットタロットオラクルカード」というのは日本語版の名称で、英語版では「The Good Tarot」という表記。

最初、タロットと同じように使ってみたら少し戸惑いました。笑

タロットは状況を分析・予測するのが得意なのに対し、オラクルカードは状況に対したアドバイス目線なので、このカードを普通にタロットとして使おうとすると結構難しいな、と思いました。
オラクル仕様のタロットカードは、今回初めて買いました。が、他にも違う作家さんで同じようなものが出ていますが、やはり作家さんのアレンジが強いものが多いです。

伝統的なタロットを使う感覚で、いきなりこういうハイブリッドのカードを使うと、慣れてないのもあって、正直まだ使いにくいですね。。

なにもカードに限らずの話ですが、「ハイブリッド」の良いところは、それぞれの特徴をブレンドして良さを引き立たせることにありますが、それが悪く出れば、「どっちつかず(中途半端)」、しかし良く出れば「良いとこどり」ができる、という諸刃の剣的なところはあるので、やはりこのカードの良さを出す=使いこなす、という意味合いでは、上級者的なカードだと思う。


でもタロットにあるようなネガティブなカードがなく、なんといってもカードの色味と絵柄が全体的に綺麗で美しいですね。
このカードは、慣れるまではタロットというよりかは、どちらかというとしばらくはオラクルカード的に使った方がいいかもしれない。

私は伝統的なタロットも初心者なので、しばらく慣れるまではオラクル的に使ってみようかなと思う。



こちらの伝説の王国のオラクルカードも、なかなか絵柄も綺麗なので、1枚引きかなんかでしばらく使っていきたいです。





で、この流れから、タロットとオラクルの違いについて少し。



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以前書いた記事でも、タロットもオラクルも卜占的な位置づけとして分類していましたが、それは命占と分けると、という意味合いでは卜占ですが、その中でもタロットとオラクルではまた少し違うな、と。



さっきも書いたが、タロットカードは、その質問状況を、見える部分、見えない部分まで詳しく分析、しいては予測し、質問者の心理的な状況からアドバイスまで導けます。
一説にはアカシックレコードから、答えを導いているとありますが、カードという象意(シンボル)からのインスピレーションで、言葉を組み合わせて読み取るから、術者の力量によるところがほんと大きい。
だからその分、すごく詳しく占えるし、占術としてはとても万能。

命術や相術がなくても、タロットだけで占者になれるのもうなずける。




一方、オラクルカードは、その読み取るという力量によるところの手間を極力省いたとてもシンプルなカードだと思う。


結局、何かを迷ったときって、その迷いに対して、「どうしたらいいのか」ということが多いと思うのだが、

オラクルカード「アドバイス」に特化している。


まぁオラクルカードの種類にもよりますが。。
例えば、前回買ったこのウィズダムオラクルカードは、特にアドバイスに重きをおいています。


アドバイスは、もちろんタロットでも出せるけど、オラクルカードはよりそれを簡素化したというか。

タロットもオラクルも、カードの象意から意味を読み取る、というのは同じだけど、タロットの方がややシンボリック的(抽象的)※これもカードの種類にもよるかもしれませんが。

だからこそ、解釈の幅が出るので色々読み取れるのだろうけど、タロットもオラクルも、インスピレーションを使い、アカシックレコード(または潜在意識・天使)なるものから智慧を拝借することも同じだから、的確。


こんな感じのイメージ。

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オラクルカードの種類の幅の豊富さで分けたらこの円は逆でも良いかもしれないですが。。

オラクルカードはそういうわけで「アドバイス目線」では本当に使えると思う。

専門の術者のようにカードの象意がわからなくても解説書を読めば、大体わかるし、扱いやすいから、一般的に普及してるのかなと思います。


でも、霊感やインスピレーションの強い人や、経験豊かな手練れの術者に見てもらえば、もしかしたら、自分で占うよりさらに詳しくわかっていいかもしれませんが、

些細な事や、なんか自分でさくっと占いたいときにこれほど簡単でわかりやすいものはないなと思う。笑




自分のことで余談ですが、この前ちょっとどうしようか迷ったことがありまして、オラクルカードを使ってさくっと占ってみたら、本当にばっちりなこと言い当てられて、オラクルカードの有効性を改めて感じました。。笑
そのときのことはまた別記事で書けたら。




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@astro_teruteru
Twitterひっそり始めました。
なかなかブログ記事の方だと時間かかっちゃって更新遅いので、アストロダイスとか今回買ったオラクルやタロット引いたものとか、このブログの関連内容の呟きとか、日々のちょっとしたことはこちらで更新できたらなと思ってます。

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太陽回帰図(ソーラーリターン)を読み解き練習

太陽回帰とは、自分の出生図の太陽の位置に、現行の空(トランジット)の太陽が重なる日のこと。
1年に1回あり、必ずしも誕生日に回帰するとは限らず、前後する場合も。

この太陽回帰図(ソーラーリターン)を出生図(ネイタルチャート)と同じようにみることによって、その1年を読み解くという手法です。


その図(チャート)を見て、どんな1年になるか読み解く、ということができます。



自分は、以下の項目をざっくり見ながら、読み解き練習です。

・ASC(アセンダント)のサインとその支配星(ルーラー)の状態
・太陽のハウスとアスペクト
・月の状態(サイン・ハウス・アスペクト)&支配星(ルーラー)

本当はもっと細かく見れますが、太陽回帰はなんとなく雰囲気を掴む練習にしているので、ざっくりと。
後は1年後に振り返りしてもよし。






ということで、さっそく。自分の出生図の太陽が最近回帰したので見てみます。


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まず1年の雰囲気をASC(アセンダント)で見てみると、蠍座の4度

サビアンシンボル*1

「火のともったろうそくを運ぶ若者」
 A youth holding a lighted candle.

人との親密な関わりが深いシンボルです。深い愛へ定着を促す度数。

支配星(ルーラー)である冥王星は、3ハウスにあり、6ハウスの金星とタイトにスクエア(90°)です。
アセンダントで出ている表意は3ハウスの人とのコミュニケーションにおいて使われるみたいです。

冥王星―金星のアスペクトは自身のネイタルにも持っているんですけど、お金の使い方がいつも極端です。。
これも散財の表意ともとれますが(今年の運勢のアストロダイス読んでみたときにも出てたような…そして既にかなりの散財してますが。。)

金星は社交性としても読めるので、山羊座冥王星牡羊座の金星のこの緊張の角度は、人とのコミュニケートにおいて、協力的に関係性を成長させていかないといけない感じですね。
冥王星なのでかなり極端で深そうだけど…自らの変容…

山羊と牡羊の90°って個人的にはきついんだけど、生かしていくしかないようだ。。



太陽回帰図のASCはその1年の課題やテーマを表すとも言われていますが、

意識的に使っていくという意味で、私は1年のテーマを太陽を見ています。その太陽は8ハウス。


8ハウスとは人と深い関係になる蠍座のイメージハウスですが、ASC(アセンダント)も蠍座だし、なんだかテーマっぽいですね。。火星も同じハウスなので。
しかもその火星が土星とタイトにオポジション(180°)

アクセル(火星)とブレーキ(土星)を同時にかけてるストレス多そうな配置…しかし牡羊座天王星が調停してます。

これは現在空にある配置ですが、まさに時間をかけ、無駄なものをそぎ落とした重厚な変化…天王星と火星とはゆるいセクスタイル(60°)ですが、意外な着眼点、打開策などが見つかるといいな。
牡羊座天王星も今年最後だし。



テーマである8ハウスの太陽はASC(アセンダント)とクィンカンクス(150°)してるし、なんか8ハウス(蠍座)のテーマおいての方向性を色々と試行錯誤して調整してる感じがしますね。。。


月はムードを表し、牡牛座の27度で7ハウス。5度前ルールだと8ハウスとみても良いですね。

サビアンシンボルは
「ビーズを売るインディアンの女」
 An squaw selling beads.

人との繋がりなどを意識しつつ、自分の資質を生かして表現していく表象

太陽8ハウスで、月7ハウスから、対人関係がやはり気になってくるのかな。
そして支配星(ルーラー)の金星は先に言った冥王星と90度だし、
この牡牛座の月自体も土星とクィンカンクス(150°)……


…なんか、クィンカンクス(150°)多いな!!
芸人のカミナリ風に言ってみました。

木星を頂点とする水星と海王星のYOD*2(金星へゆるくブーメランYOD)がゆるくですが出来てますし。。

クィンカンクス(150°)は生のままではいけない、調整を強いられ、訓練されるアスペクト。苦しいが使いこなせれば有益なアスペクトらしいですが、もともと出生図(ネイタル)に150°多いので、調整調整。調整ばっかしてます。


今回の太陽回帰図において、出生の位置である自分の太陽とASC(アセンダント)のタイトな150°は何か感じるものがありますね……苦手なものにあえて取り組まないとならない感がひしひしと……



ちなみに、太陽回帰図の天体やASCがネイタルのハウスのどのハウスにあるかというのも、この1年限定でみたときにどこでその天体を使っていくのかという解釈もできるようです。

・太陽回帰図の〇〇(天体やASCなど)→ネイタルの●ハウス

だとすると、●のような場所で、〇〇の天体を使っていく、または〇〇ような活動をしていく。

といったように。

わかりずらいので例をあげると、私のネイタルの火星は9ハウスで、今年の太陽回帰図の火星は8ハウスですね。

なのでいつも9ハウスの事柄に使っていた火星を、今年は8ハウスに使っていく、といった意味です。

ここまで読み解いてきて、やはり、私のこの1年のテーマは8ハウスに鍵がありそう…というのがわかりますね。。。


ネイタルの天体は、持って生まれた傾向ですが、それを今年1年はどこにどうやって使っていくかというヒントを読み解くという意味で、太陽回帰図も面白いです。




とまぁ、ざっくり読んで、こんなところですが、




自分で読んでてなんだけど




なんか…


重い。



太陽回帰図読み解きしてみよう!と思ったときはもっとライトな記事になる予定だったのに……!!



とりあえず、テーマは人との関わりか。それはここ3年間で取り組まないとならないテーマだということはわかってるんだが。


また来年振り返り記事かけるかなぁ。。



あ、そうだ!あと木星の入っているハウスは、その年の幸運ハウスらしいのだけど、12ハウスなのでインターネットもそうかな、と。
水星と150°だし、海王星とも150°………うん。ブログ更新も頑張ろう。笑


Twitter占星術アカウントを作ってみたし、ますます好きな領域につかっていきたいです。


今日はここまで。

*1:12星座はそれぞれ30度に分割されており、全天は360度のその1度ごとに特別な意味があると考えられている。その1度ごとを詩文で表現した360個のシンボルのこと。1925年、アメリカの占星術家であるマーク・エドモンド・ジョーンズが創った比較的新しい占星技法で、ジョーンズとエリス・フィラーという透視能力のある女性詩人によって実験された。サビアンシンボルは数え度数を使用する。

*2:セクスタイル(60度)の角度を持つ2つの天体それぞれに対して、クィンカンクス(150度)の角度を持っている天体を頂点としたY字状に並んだ複合アスペクト。「神の指」とも呼ばれる。

悟りとエゴと法則について理解したことをまとめる。

そういえば、以前、占星術や潜在意識の研究中に派生した「自由意志と宿命論」問題から始まって、悟りやエゴや法則について、考えに考えすぎて、頭おかしくなったことがありました。。笑




ちなみに、引き寄せの法則については、以前少しまとめたこともありましたが、今まで(ここで言うなら「エゴ」とやらの赴くままに)「引き寄せの法則」や「想定の法則」「潜在意識」等のスピ系関連の書籍や神秘系の話など、有名なものからマイナーなもの、古典から最近のものまで、まだ読んでないものは数あれど、自分の手の届く範囲で、手あたり次第漁りまくっては研究してきました。
が、それらを読んできて、実践したり、考えたり、考えすぎて頭パーンってなったり。笑 ぐるっとまわって1周したので、なんとなく現段階で、個人的に理解したことをとりあえず自分用に整理がてら記事(メモ)しておきます。


これも、後で自分が読み返したときに何かまた発見もあるかもしれないので。

悟りとエゴと法則

目指すは認識変更

さて、「悟った人」「ティーチャー」「グル」「達人」「仙人」「偉人」「覚者」と呼ばれている方々が口を揃えておっしゃってるのは、言い方は多種多様ですが同じことですよね、うん。最終的にどの本もどの人も言ってることを要約すると同じなのは、さすがに基本的に理解度の低い自分でもわかってはきたよ。。


つまりは最終的にたどり着く、というか見るところは同じなので、ただの方法論の違いというか。



そしてその大事なことを伝えるために、宗教として教えを説いたり、その法則を説いた本が出たり、また、量子力学知見からも実証されていきます。




とりあえず偉人達が何を伝えたいかを簡潔に言うと、大事なことは外側ではなく、自分の内側(外側も内側もなくすべては1つ)であり、


アプローチは違えど、最終的な目標は、内側(内面)の「認識」の変更を促す。ということです。




引き寄せの法則やメソッドとエゴ

各種メソッドも、古代偉人が発見した智慧も、引き寄せの法則も、最終的には「認識の変更」を促している。


しかし、それでもうまくいかない。。。


色んな類のメソッドを試しては繰り返し。叶ったり叶わなかったりなんでやねーん!


悩みはなくならない!!


そんなとき、

ここでその最大の障壁となっているのは、やはりなんといっても


そうです。「自我(エゴ)」です。。。






この認識の変更に至るまでの、様々な方法や、視点の向け方の促しなど、メソッドには実は色んなものがある。

アファメーションや自愛とかもそれらに含まれる。

セドナメソッドやホ・オポノポノなども人によっては有効だったり。

または、障壁となる自我(エゴ)を黙らせるために用いたりするメソッドだったりする。

メソッドというと実践的な感じですが、「教え」とかもそうです。

それこそイエスやブッタが説いている教えや、「禅」や「引き寄せの法則」等も、結局行きつく先はその「自我」の先にある大事なことを伝えている。






悟りとは


じゃあ「悟り」とはなんなの?エゴと法則と一体何の関係があるのよ??

って部分ですが、


「悟り」とはたどり着くものではなく、どうやら、この自我と呼ばれていた、思い込んでいた「自分」を落とすこと。のようです。



それによってみえるもの…というかわかることを経験として理解して、人々に諭しているような人を上記であげたような呼称で呼ばれることが多いみたいです(呼び方は色々あってややこしいので、とりあえず、ここではそれを総称して「覚者」とします)


しかしまあ、この辺の理解はすごく抽象的で、言葉にするのが難しいというか、自我的にいうと(頭で考えると)全然理解不能なので、過去の先人偉人や、現代の世界各地にいる覚者さん達は、ありとあらゆる方法や言葉を使って、集会や書籍、インターネットなど媒体はどうあれ、わかりやすく伝えてくれているという。。(現在進行形)


しかしまぁ、そういうわけで、「何」で腑に落ちるのかは人によって違うし、本当にその人それぞれなので、今でもそういう類の本は出続け、インターネット等で発信され続け、集会などは行われ続けている。。。。果たして人類は…的な。


「自我」は知りたがりなので、どうしても頭で理解しようとしてしまいます。

私のように理解できなくて何回も何回もそういう本を読んだりとかね。笑


色んな本を横断的に読んでいくと、繋がりはわかりますが、「言葉の表現」だけみると「矛盾」のようなものも多く(こっちの表現では○○が△と書いてるけど、こっちの表現では○○が△ではないと言っていたりなど)、それも混乱を招く原因になったりしてました。

「言葉」って難しいんだなぁと思ったり。


追記:この辺の内容については、以下記事にまとめてます↓
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なので「自我」の理解と「悟り」はかなり密接というか、重要なポイントな気がしてます。






結局まとめると

こんな簡単な感じじゃないかもなので著しく語弊があるかもですが、自分の理解整理のために上記のことを本当に単純化してまとめると、



<気づき直結系>

  • ①禅などにいう「悟り」、自らの気付き(エゴに気付き、手放す/法則の真の理解/それに「なる」/既に「ある」)などによる認識変更


<メソッド系>

  • ②エゴだろうがなんだろうが、とにかく積極的にメソッドやりまくって、結果的に脳内の認識変更を促す方法


結局②をやってたら①になったってパターンというか、②をやってる人は楽しんでやってたら「いつのまに」①だったとかも多いようです。①は②の類の神髄というか、それが出来れば、②はいらないよ、ということです。①はメソッドではないので。


①って、なんか以前記事にした、山術?っぽいような。違うかもですが。なんとなく。


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つまりは、「認識の変更」が出来れば、方法論などが違っていようが何だろうが誰でも、「それ」がわかる「それ」のことを人によっては「潜在意識」「大いなる自己」「本当の自己」「ハイヤーセルフ」、または「神」と呼ぶ人もいます。



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とりあえず、図解するとこんな感じのイメージです。

顕在意識や法則と「それ」は分かれていないので、厳密にいうと少し違うのかもだけど。笑




特別、偉人、覚者と呼ばれるような、悟りが分かった人だけでなくても、心理学とか科学者とか小説家とか、この分野とは違う様々分野の人も、結局はその真理がわかると、ディティールは多少違ったとしても同じようなことを伝えてくれているので、自分のことを「悟った」とか思ってなくても、言ってることは同じようなことになる。


「悟り」というのも結局は呼称に過ぎなくて、結局は「悟った人」「悟ってない人」などはそのような区別はない。




私自身としては、理解は進んでも、まだまだ実感や経験としてわかっていない感じです。。「自我」だって今でもよく気付かぬうちにそれに惑わされてるなぁってこと多々あります。笑


でも、こんだけこのことに関して飽くなき研究をしてるのに、まだ最近になって発見や気付きが新たにあったりして、本当に面白いです。。

偉人さんたちがずっと伝え続けているのと同様に、万人に完璧に適用できる「言葉」はないのかもしれませんが、とりあえず今、自分は、その伝えてくれている「言葉」の端々からヒントを拾いつつ理解を深めていきたいなぁと思う今日この頃です。

あまり「考え」すぎないようにしつつ。笑笑



上記を踏まえたうえで、その都度わかったことをまとめていけたらいいなと思います。



追記:続編記事です↓
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