星を研究する人

星や宇宙、占星術、タロット、哲学、心理学、潜在意識や引き寄せ、悟りといった、学問的なものからスピリチュアルなものまで、興味あることを自分なりに理解しまとめるためのブログ

悟りとエゴと法則について理解したことをまとめる。

そういえば、以前、占星術や潜在意識の研究中に派生した「自由意志と宿命論」問題から始まって、悟りやエゴや法則について、考えに考えすぎて、頭おかしくなったことがありました。。笑




ちなみに、引き寄せの法則については、以前少しまとめたこともありましたが、今まで(ここで言うなら「エゴ」とやらの赴くままに)「引き寄せの法則」や「想定の法則」「潜在意識」等のスピ系関連の書籍や神秘系の話など、有名なものからマイナーなもの、古典から最近のものまで、まだ読んでないものは数あれど、自分の手の届く範囲で、手あたり次第漁りまくっては研究してきました。
が、それらを読んできて、実践したり、考えたり、考えすぎて頭パーンってなったり。笑 ぐるっとまわって1周したので、なんとなく現段階で、個人的に理解したことをとりあえず自分用に整理がてら記事(メモ)しておきます。


これも、後で自分が読み返したときに何かまた発見もあるかもしれないので。

悟りとエゴと法則

目指すは認識変更

さて、「悟った人」「ティーチャー」「グル」「達人」「仙人」「偉人」「覚者」と呼ばれている方々が口を揃えておっしゃってるのは、言い方は多種多様ですが同じことですよね、うん。最終的にどの本もどの人も言ってることを要約すると同じなのは、さすがに基本的に理解度の低い自分でもわかってはきたよ。。


つまりは最終的にたどり着く、というか見るところは同じなので、ただの方法論の違いというか。



そしてその大事なことを伝えるために、宗教として教えを説いたり、その法則を説いた本が出たり、また、量子力学知見からも実証されていきます。




とりあえず偉人達が何を伝えたいかを簡潔に言うと、大事なことは外側ではなく、自分の内側(外側も内側もなくすべては1つ)であり、


アプローチは違えど、最終的な目標は、内側(内面)の「認識」の変更を促す。ということです。




引き寄せの法則やメソッドとエゴ

各種メソッドも、古代偉人が発見した智慧も、引き寄せの法則も、最終的には「認識の変更」を促している。


しかし、それでもうまくいかない。。。


色んな類のメソッドを試しては繰り返し。叶ったり叶わなかったりなんでやねーん!


悩みはなくならない!!


そんなとき、

ここでその最大の障壁となっているのは、やはりなんといっても


そうです。「自我(エゴ)」です。。。






この認識の変更に至るまでの、様々な方法や、視点の向け方の促しなど、メソッドには実は色んなものがある。

アファメーションや自愛とかもそれらに含まれる。

セドナメソッドやホ・オポノポノなども人によっては有効だったり。

または、障壁となる自我(エゴ)を黙らせるために用いたりするメソッドだったりする。

メソッドというと実践的な感じですが、「教え」とかもそうです。

それこそイエスやブッタが説いている教えや、「禅」や「引き寄せの法則」等も、結局行きつく先はその「自我」の先にある大事なことを伝えている。






悟りとは


じゃあ「悟り」とはなんなの?エゴと法則と一体何の関係があるのよ??

って部分ですが、


「悟り」とはたどり着くものではなく、どうやら、この自我と呼ばれていた、思い込んでいた「自分」を落とすこと。のようです。



それによってみえるもの…というかわかることを経験として理解して、人々に諭しているような人を上記であげたような呼称で呼ばれることが多いみたいです(呼び方は色々あってややこしいので、とりあえず、ここではそれを総称して「覚者」とします)


しかしまあ、この辺の理解はすごく抽象的で、言葉にするのが難しいというか、自我的にいうと(頭で考えると)全然理解不能なので、過去の先人偉人や、現代の世界各地にいる覚者さん達は、ありとあらゆる方法や言葉を使って、集会や書籍、インターネットなど媒体はどうあれ、わかりやすく伝えてくれているという。。(現在進行形)


しかしまぁ、そういうわけで、「何」で腑に落ちるのかは人によって違うし、本当にその人それぞれなので、今でもそういう類の本は出続け、インターネット等で発信され続け、集会などは行われ続けている。。。。果たして人類は…的な。


「自我」は知りたがりなので、どうしても頭で理解しようとしてしまいます。

私のように理解できなくて何回も何回もそういう本を読んだりとかね。笑


色んな本を横断的に読んでいくと、繋がりはわかりますが、「言葉の表現」だけみると「矛盾」のようなものも多く(こっちの表現では○○が△と書いてるけど、こっちの表現では○○が△ではないと言っていたりなど)、それも混乱を招く原因になったりしてました。

「言葉」って難しいんだなぁと思ったり。


追記:この辺の内容については、以下記事にまとめてます↓
astro.hateblo.jp



なので「自我」の理解と「悟り」はかなり密接というか、重要なポイントな気がしてます。






結局まとめると

こんな簡単な感じじゃないかもなので著しく語弊があるかもですが、自分の理解整理のために上記のことを本当に単純化してまとめると、



<気づき直結系>

  • ①禅などにいう「悟り」、自らの気付き(エゴに気付き、手放す/法則の真の理解/それに「なる」/既に「ある」)などによる認識変更


<メソッド系>

  • ②エゴだろうがなんだろうが、とにかく積極的にメソッドやりまくって、結果的に脳内の認識変更を促す方法


結局②をやってたら①になったってパターンというか、②をやってる人は楽しんでやってたら「いつのまに」①だったとかも多いようです。①は②の類の神髄というか、それが出来れば、②はいらないよ、ということです。①はメソッドではないので。


①って、なんか以前記事にした、山術?っぽいような。違うかもですが。なんとなく。


astro.hateblo.jp



つまりは、「認識の変更」が出来れば、方法論などが違っていようが何だろうが誰でも、「それ」がわかる「それ」のことを人によっては「潜在意識」「大いなる自己」「本当の自己」「ハイヤーセルフ」、または「神」と呼ぶ人もいます。



f:id:leon8:20170525175559j:plain



とりあえず、図解するとこんな感じのイメージです。

顕在意識や法則と「それ」は分かれていないので、厳密にいうと少し違うのかもだけど。笑




特別、偉人、覚者と呼ばれるような、悟りが分かった人だけでなくても、心理学とか科学者とか小説家とか、この分野とは違う様々分野の人も、結局はその真理がわかると、ディティールは多少違ったとしても同じようなことを伝えてくれているので、自分のことを「悟った」とか思ってなくても、言ってることは同じようなことになる。


「悟り」というのも結局は呼称に過ぎなくて、結局は「悟った人」「悟ってない人」などはそのような区別はない。




私自身としては、理解は進んでも、まだまだ実感や経験としてわかっていない感じです。。「自我」だって今でもよく気付かぬうちにそれに惑わされてるなぁってこと多々あります。笑


でも、こんだけこのことに関して飽くなき研究をしてるのに、まだ最近になって発見や気付きが新たにあったりして、本当に面白いです。。

偉人さんたちがずっと伝え続けているのと同様に、万人に完璧に適用できる「言葉」はないのかもしれませんが、とりあえず今、自分は、その伝えてくれている「言葉」の端々からヒントを拾いつつ理解を深めていきたいなぁと思う今日この頃です。

あまり「考え」すぎないようにしつつ。笑笑



上記を踏まえたうえで、その都度わかったことをまとめていけたらいいなと思います。



追記:続編記事です↓
astro.hateblo.jp
astro.hateblo.jp